何もしていないのに、もう動けない夜がある
仕事が終わって、家に帰ってきただけ。
特別なことはしていない。
身体を酷使した覚えもない。
それなのに、玄関で靴を脱いだ瞬間、
もう今日は何もできないとわかってしまう夜がある。
ソファに座ったまま、時間だけが過ぎていく。
スマホを眺めても、内容は頭に入ってこない。
「疲れた」という言葉だけが、体の内側に残る。
でも、その疲れがどこから来たのか、説明できない。
疲れの正体が、行動じゃないとき
何もしていないのに疲れる。
この感覚を抱えている人は、意外と多い。
それは怠けでも、気合不足でもない。
心がずっと、気を張ったままだからかもしれない。
誰かの言葉に引っかからないように。
場の空気を乱さないように。
自分の感情を出しすぎないように。
一日中、目に見えない緊張を続けていると、
体は動いていなくても、心は消耗していく。
特に、感情を抑える癖がある人ほど、
この疲れを自覚しにくい。
「これくらい普通」
「自分より大変な人もいる」
そうやって、疲れを感じる手前で、
自分にブレーキをかけてしまうからだ。
何もしていないのに自己嫌悪になる理由
動けない夜に、もう一つ重なってくるものがある。
それが、自己嫌悪だ。
「今日も何もできなかった」
「ちゃんとした大人なら、こんなことで疲れない」
本当は休んでいるだけなのに、
心は休ませてくれない。
以前書いた
「感情を抑える癖が抜けない理由」
ともつながるけれど、
感情を抑える人は、疲れすら我慢しようとする。
怒りや不安を外に出せない代わりに、
疲れとして内側に溜め込んでしまう。
だから理由がわからないまま、
ただ消耗感だけが残る。
心が休めていないというサイン
このタイプの疲れは、
「休めば回復する疲れ」と少し違う。
寝てもスッキリしない。
何もしない時間があっても、落ち着かない。
常にどこかで、自分を監視している感覚がある。
それは、心がずっと緊張状態にあるサインだ。
以前の
「我慢が癖になってしまった人の内側」
でも触れたけれど、
我慢が当たり前になると、
緩め方がわからなくなる。
力を抜くこと自体が、不安になる。
今日は、疲れを説明しなくていい
この疲れに、きれいな理由をつけなくていい。
生産性や反省に結びつけなくていい。
「今日は、もう動けない」
それだけで、十分な情報だ。
何もしていないのに疲れる日は、
何もしていないわけじゃない。
見えないところで、
ずっと気を張って、生きてきただけだ。
今日は、それに気づけただけでいい。
すぐに元気にならなくていい。
前向きな結論もいらない。
ただ、疲れている自分を追い立てない夜があってもいい。
皆さんの毎日が少しでも明るくなりますように。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
