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何気ない一言で、急に疲れてしまう日がある

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その日は、特別な出来事があったわけじゃなかった

その日はいつも通りだった。
朝起きて、身支度をして、やるべきことをこなしていた。
大きな失敗もしていないし、誰かと揉めたわけでもない。

午後になって、ちょっとしたやり取りがあった。
相手は悪気なく、軽い調子で言った一言だったと思う。

「それ、もう少し早くできたよね」

責める口調ではなかった。
正論だったし、間違ってもいなかった。
その場では「そうですね」と返して、話はそれで終わった。

でも、なぜかそこから動けなくなった

その一言のあと、気持ちが急に重くなった。
頭の中で、さっきの言葉が何度も再生される。

どうして自分は遅いんだろう。
ちゃんとやろうとしているのに。
また迷惑をかけてしまったんじゃないか。

目の前の作業に戻ろうとしても、集中できない。
体が鉛みたいに重く感じる。
理由を説明できるほどの出来事じゃないのに、確かに疲れていた。

小さな刺激が、大きな疲れになる人もいる

同じ言葉を聞いても、平気な人はいる。
気にせず流せる人もいる。
でも、すべての人が同じように受け取れるわけじゃない。

過去の経験や、元々の気質、日々の消耗の積み重ね。
いろんなものが重なって、ある瞬間に限界を迎える。

それは心が弱いからじゃない。
感じ取るものが多いだけかもしれない。

「気にしすぎ」と言われても、消えないもの

こういう話をすると、「気にしすぎだよ」と言われることがある。
でも、気にしないようにできるなら、とっくにそうしている。

気にしてしまう自分を直そうとして、さらに疲れる。
普通に受け取れない自分を責めて、また消耗する。

この繰り返しが、静かに心をすり減らしていく。

その日を、どうにか終えられたなら

結局その日は、思うように進まなかった。
早めに切り上げて、家に帰った。
「今日はダメな日だった」と思いながら。

でも、後から振り返ると、
崩れなかったことも事実だった。

投げ出さなかった。
誰かに強く当たらなかった。
ちゃんと一日を終えた。

それだけで、十分だったのかもしれない。

最後に、そっと置いておきたいこと

もし、あなたにも似たような日があったなら。
理由のはっきりしない疲れに包まれる夜があったなら。

その疲れは、ちゃんと理由のあるものだと思う。
説明できなくても、感じているなら、それは本物だ。

今日は立ち直れなくてもいい。
前向きな意味を見つけなくてもいい。

ただ、今日という一日を、どうにかここまで来た。
それだけで、もう十分頑張っている。

皆さんの毎日が少しでも明るくなりますように。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

音に疲れやすい自分が、毎日を少し楽にするために選んだもの