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自己嫌悪が無気力に変わるとき

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「やらなきゃいけないことは分かっているのに、体が動かない」
そんな状態を責めながら、
「自己嫌悪 無気力」
と検索して、ここに辿り着いた人もいるかもしれません。

怠けているわけじゃない。
諦めたつもりもない。
ただ、何かがぷつりと切れたように、力が出ない。

その間に、心の中で何が起きているのか。
今日は、その過程を静かに辿ります。

自己嫌悪は「気合いを奪う感情」

自己嫌悪は、行動を促すようでいて、
実際には行動のエネルギーを削っていきます。

「できなかった自分が悪い」
「努力が足りない」
「もっと頑張れたはず」

こうした言葉を、
誰よりも自分に向けて投げ続けている状態。

一度や二度なら、
それが反省になることもあります。
でも、それが日常になると話は変わる。

自己嫌悪は、
「次は頑張ろう」ではなく、
「どうせ自分はダメだ」
という前提を作ってしまうからです。

「頑張れない自分」を想像するだけで疲れる

自己嫌悪が積み重なると、
行動の前に、ある想像が挟まるようになります。

また失敗するかもしれない。
また落ち込むかもしれない。
また自分を責めることになるかもしれない。

まだ何もしていないのに、
その“結果”を先に背負ってしまう。

そうなると、
動けないのは不思議なことではありません。

心が、危険を察知して止まっているだけです。

無気力は、諦めではなく防御

無気力になると、
「もうどうでもいい」
「何も感じない」
そんな言葉が浮かぶようになります。

それを見て、
「自分は冷たくなった」
「やる気のない人間になった」
と、さらに自己嫌悪が重なる。

でも、無気力は壊れた証拠ではありません。

自己嫌悪によって、
何度も心を削られてきた人が、
これ以上傷つかないように
感情の出力を下げている状態です。

これは撤退ではなく、
一時的な遮断に近い。

自己嫌悪と無気力は、入れ替わりで現れる

自己嫌悪が強い時期と、
無気力が強い時期は、
実は同じ線の上にあります。

責めるエネルギーが残っているうちは、自己嫌悪。
それすら尽きたとき、無気力。

どちらも、
「頑張ろうとし続けた結果」
生まれている状態です。

この流れは、
「我慢が癖になった人が、何も感じなくなるまで」
という感覚とも深くつながっています。

無気力の底で、心がしていること

無気力のとき、
心は何もしていないように見えて、
実はずっと調整をしています。

これ以上、自分を壊さないために。
これ以上、責める材料を増やさないために。

だから、
「動けない自分」を責めるほど、
回復は遠のいてしまう。

今は前に進む時期じゃない、
そう判断されているだけです。

何もできない自分に、意味をつけなくていい

無気力の中にいるとき、
「理由」や「改善策」を探し始めると、
また自己嫌悪に戻ってしまいます。

今は、
説明できなくてもいい。
納得できなくてもいい。

ただ、
「ここまで追い込まれていたんだな」
その一文だけが、残れば十分です。

自己嫌悪が無気力に変わるとき、
それは心が終わった瞬間ではありません。

ずっと踏ん張ってきた人が、
一度、力を抜かざるを得なくなっただけです。

今日は、立て直さなくていい。
前向きにならなくていい。

動けない自分にも、
ちゃんと理由がある。

その言葉を、
ここに置いておきます。

音に疲れやすい自分が、毎日を少し楽にするために選んだもの