人といるとき。
仕事をしているとき。
外に出ているだけで、なぜかどっと疲れる。
何か特別に嫌なことがあったわけじゃない。
怒られたわけでも、失敗したわけでもない。
それなのに、家に帰ると何もしたくなくなってしまう。
「自分、怠けてるのかな」
そんなふうに思ってしまう人も多いかもしれません。
でも、実際には
心が休めていない状態が続いているだけ
ということも、少なくありません。
ずっと「外」に意識が向いている人
気づかないうちに疲れてしまう人には、共通点があります。
・周りの声に反応しすぎる
・物音や環境音が常に耳に入ってくる
・静かな時間でも、頭の中が騒がしい
こういう状態が続くと、
体は何もしていなくても、心だけが働き続けてしまいます。
特に、
我慢が得意な人
空気を読むのが当たり前になっている人
優しいと言われてきた人
こういう人ほど、「刺激」に対してブレーキをかけるのが遅くなりがちです。
無気力の正体は「遮断できなさ」
以前の記事で
「自己嫌悪が無気力に変わるとき」
「優しい人が突然限界を迎える瞬間」
について書いてきました。
そこに共通していたのは、
自分を守るための距離が取れていない
という感覚です。
言葉だけじゃありません。
人の気配、環境音、生活音、雑音。
それらすべてを、
無意識に受け取り続けていると、
心はだんだん「感じない」方向へ向かっていきます。
何も感じないほうが、楽だから。
でもその状態が続くと、
「やる気が出ない」
「何のために生きてるかわからない」
そんな感覚に変わっていくことがあります。
休む=何もしない、ではない
多くの人は、
休む=寝る、何もしない
だと思っています。
でも、本当に必要なのは
刺激を減らすこと
だったりします。
静かな場所に行く
一人になる
音を減らす
それだけで、
頭の中のザワザワが少し落ち着くこともあります。
「疲れている自覚がないのに、疲れている」
そんな人ほど、
この違いに気づきにくいのかもしれません。
次の記事では「耳」からの話をします
心がすり減る入り口は、
意外と「耳」だったりします。
ずっと入ってくる音。
遮れない生活音。
無意識に聞いている情報。
次の記事では、
音に疲れやすい人が、どうやって自分を守れるのか
その話を書いていく予定です。
無理に前向きにならなくていい。
頑張らなくてもいい。
まずは、
「これ以上受け取らなくていい」
という場所を、ひとつ持つことから。
その話を、次で続けます。
